めだかの館 館主の日記です。新種めだかを作る楽しさ、苦労、メダカで知り合った人々を紹介していきます。


by medakanoyakata
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ピュアブラックが

ある目の見えにくい黒いメダカ。
先輩が村長に見せる。
その当時、メダカのメの字、何が何やら。
黒かろうが赤かろうが、どうでもよい時代にそのメダカと出逢う。

この話は「ピュアブラックへの道のり」を呼んで頂ければ。

あれから約10年。
弁慶、小錦、なぜできたのだろう…
今、このメダカを作れといわれてもなんとむずかしいメダカであるか。
改めて思う。
あの時、私は何に向かっていたのか。
本当にそう思う。
自分は何だったのだろう。
誰かの女性マラソンランナーの言葉を借りれば
「私をほめてやりたい」

たった一匹の黒いメダカを生涯残そうと多種と交配。
まず遺伝子を残すこと。
それからピュアブラック作出。
その後ヒカリメダカ「小次郎」を作出。
そしてダルマ「小錦」を作出。
そして最高峰「弁慶」を作出。
さだかではないが、5~6年の年月がついやされている。

その時である。
私の店からたいして遠くないインターネット販売店において
「男○メダカ」「○男○メダカ」が発売された。
私のショックは…

その後、そのメダカ確認のためにその店を訪れる。
現実にメダカを見る。
あえて何も言わないが当時メダカ村に出入りしていたSさん夫婦。
Sさん夫婦はこのネット販売のお店の10分圏内にある。
Sさん夫婦の怒りもタダものではなく
相当なる抗議文を送った。
私は商売上トラブルは好きではないのでSさんの思うがままにまかせた。
何回にもわたる抗議文に回答はこうであった。
「当店で産まれたのです。当店で産まれたのだから当店の名前で販売しています。」

さて話は変わる。
この販売業者、私より5年?遅れで始めた。(年数は後日正確な数字がわかれば発表します。)
偶然ではあるがこの業者の周りには私のよき新種メダカ作りの仲間が在住。
その方たち曰く、その業者が親子で各家を訪れ、買い取り致しますので譲ってください。
と、何度も訪れたという。
そのメダカ購入後にどうであるかは言えないが、館のメダカが数多く流れたことは間違いない。
そしてその後に男○メダカが販売へ。
これは私の妄想であろうか。

今後、琥珀、黄金、楊貴妃、サムライ、透明鱗…
色々なメダカにおいて私が体験したことを


今書いている100年メダカに非公開コメント、直接電話が多々あります。
村長何を怒ってるんですか?何が気に入らない?と。


今までこの事を口にしなかった自分。
一言も口にしていません。
一度だけセルフィンメダカ「サムライメダカ」において(通販メダカ店においては「つ○メダカ。」)
一度だけ語ったことがあります。

5年も我慢したのです。
そんな気持ちで今の100年メダカを自分は書いているつもりはありません。
メダカ文化構築、100年メダカ。
メダカ文化が日本の中で定着する事が目標。
その思いで暴露という言葉が合わないであろうが
体験したことをつづります。


今後このメダカ界に参入する人たちにこういうことが起きないように私の体験を。
私の体験が参考になればと思い書き続けます。
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by medakanoyakata | 2010-02-17 17:20